昨日バスの中であんなに寝たのに、6時のアラームに起こされるまで超熟睡。こんなに寝られるのはなぜ?
階下のレストランに降りると、小さな黒板に軽食メニューと朝食は6時半からと書いてある。しかし我々が一番のりで、姉ちゃんは1人いるがまだ何も準備されていない。
「もう朝食お願いしていい?」
ブロンドでウェーブの髪は、後ろで束ねていながらすごいボリュームなのがわかる、浅黒く目が大きくて鼻の尖ったラテン顔の女性。7時にチェックアウトしなければならない我々にはそんなに時間に余裕はないが、そんなことにはおかまいなくのんびりと1日の業務をきっちりこなしていく。まずカウンターの中を掃除し、洗い物をして部屋の電気とTVをつけ、雑巾でテーブルを拭いてまわる。15分くらいしてやっと
「カフェ?テ? フレッシュジュースは飲む?」
作り笑いはしないが、感じ悪くもない。しばらくしてバゲットに入れて出されたのは2、3種類のパンとバター、ジャム。ポットにたっぷりの紅茶とミキサーかけたてのフレッシュジュース。ジュースはマンゴーとバナナ以外に何が入ってるかわからず、ぬるいけれど濃厚で美味しかった。
残念ながら今の時期はとても入れません
昨夜は15℃くらいだったんじゃないかなぁ |
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持ってきた1泊分だけの荷物は小脇に抱えられる程度なので、ホテルに預けずチェックアウト。ホテルを出るとすぐそこに、ガイドの男が我々を待っていた。歩み寄ると、こちらが話しかける前に
「君たち近郊ツアーを申し込んだんだよね? 僕が今日のガイド兼ドライバー、マルコと言います」。
わりと聞き取りやすい英語だが、朝っぱらから何を興奮してるのや?というテンション、でかい声で早口でそうまくしたてると、急かすように我々を乗用車の後部座席に押し込む。その慌ただしさと勢いに私は車を見る余裕もなかったが、Mちゃんは
「車見た? 高木産業とか書いてあったよ(笑)」
彼はバウチャーを取り上げて
「ミラドール、セメタリー、パレドネス、水路・・・で11時に空港だね!」
と確認しすぐ出発。
ナスカのガイド、マルコ君24歳
ルックスは良くも悪くもなくごくフツー
エジプトのモハメドみたいに
マルコはペルー男で最も多い名前なのだろう
以後ガイドはことごとくマルコだったので
彼がマルコ1号=‘いちマルコ’
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車は“パンパース”じゃなくて“パーパス”
“高木産業株式会社”(何の会社?)
のペイントそのまんま
アジアのみならず世界各国で
日本企業払い下げ中古車大活躍 |
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ナスカの町から最初の目的地、ミラドールまでは20km、15分くらい。さっそくいちマルコは自己紹介を始める。ガイド暦は3年、2年間マイアミのエアフォースにいたから西・英・伊・仏語が話せると自慢し、ガイドのほか学校で英語を教えているから仕事が多くて忙しい、とも自慢する。話の流れでお互いの年齢当てが繰り広げられてしまうのがちょっと嫌だが、確か彼は我々を自分と同じか年下に見ていたから許してあげる。ナスカ平原の砂漠気候についてもいろいろ説明してくれる。でもやがて、そんな会話の内容なんてどうでもいいくらい、車はとんでもない景色の中へ乗り入れる。ナスカ平原を一直線に伸びるパン・アメリカン・ハイウェイ。見渡す限り地平線!! ミラドールはナスカの北、リマ寄りにあるので昨日バスで通ったはずだが、暗いしだいいち爆睡してたので気づきませんでした。
観察やぐら‘ミラドール’の高さは20m
ちゃんと番人がいて1ソル(32円)払わなきゃいけない
もちろん周囲に眺めをさえぎるものはないけれど
こんなショボさで見えるのか??
なんて思いながら
でもちょっとドキドキしながら上がってみたら・・・ |
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あなどれない絶景で大コーフン
見た目貧弱なやぐらなのに
期待以上の眺めを
提供してくれました
叫びたい衝動に駆られますぅ |
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これが地上絵かぁ!!!
来ちゃったよぉ
とモーレツ嬉しくなる
ここから見える地上絵は‘手’と‘木’だけで
しかも全貌はよくわからないが
超人的スケールなのはわかる |
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我々が本日の初客。やぐらの上はたたみ1畳分よりちょっと狭いくらいで、大人が5人も立てばいっぱい。突風が吹き荒れるせいであっという間に寒くなり鼻水が出る。いちマルコは、‘手’の指の数が4本と5本であること(下の写真でわかりますか??)をしきりに説明する。後でセスナから見える‘猿’の手も指の数が4本と5本だよ、と。当然何か訳があるのだろうが、その理由に関しては全くわかっていないとのこと。
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後にセスナから撮影したミラドール周辺
左が‘木’、右が‘手’ |
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しばらく誰にも邪魔されず、ただぼーっと壮大な眺めに浸りゆっくり写真も撮りたいところだが、寒いし、どこから現れたのか番人とは別の売り子(歯抜け男)がいつの間にやらハガキ売りに上がって来るし、マルコはマルコで私と顔50cmの至近距離から大声・早口・ハイテンションでいろんなことをまくしたてる。ツバは飛ぶしそんな大声で言わなくたって聞こえてる、っつーの。あと1歩ひいてくれる??と言いたいところ。奴のあまりの元気さに、早くもちょっとひきぎみな我々・・・昨日のジャック・ニコルソンに負けずうるさいかも。でもそんないちマルコと強風にもめげず、ハガキ売りが横から差し出してきたのを見るとそんなに質は悪くない。彼が宇宙人のを出して言ったひとこと、
「ガチャピン」
が超ビンゴで
「確かに!!」(大爆笑)
3枚$1がいいのか悪いのかもわからず、とりあえず2人とも6枚ずつ、鼻水すすりながら買う。そして、こんな早朝からミラドール上空を次から次へと観光セスナが旋回していく。
ミラドールを降りるといちマルコは
「君たち、ミュージアムには行かないの? 入場料がいるけどたった5ソルだよ。ナスカ文化を知るのにとても大事な展示がたくさんあるんだ!」
と‘アントニニ博物館’に寄るのをプッシュするが、こんなすごい光景と地上絵の一部を見ちゃった興奮渦中の我々に博物館なんて目じゃない。それに、時間配分を考えなきゃいけない彼が誘ったくせに、あとで寄らなくて良かった、としみじみ思ってしまうほど、この後の墓地と遺跡だけでも時間いっぱい、11時ギリギリに空港に駆け込むことになったのでした・・・。というわけで博物館には寄らないが、ナスカの町方向に戻る途中、彼は車を平原の中に進めて停まると
「いいものがあるんだ。セスナに乗らなくてもすごいのが見られる場所だよ!カモン!」
とさっさと降りて小高い丘の上に駆け上がる。
ナスカ平原には絵以外に無数の直線や
幾何学的模様が描かれている
宇宙人用滑走路なんて説まである
果てしなく延びる直線は
180km先の海岸にまで達しているとか
こうして近くから見ると
絵や線は小石を取り除いて
地肌を露出させてできてるのがよくわかりますね
ほーんと、飛行機が通った後の轍みたい |
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墓地はナスカの北30kmの砂漠の中にある。ミラドールから26kmで3、40分かかる。ナスカ近郊に墓地(というかミイラがゴロゴロ転がっている丘)があるなんてこと、3月末頃放送していた『世界ふしぎ発見!』を見るまで知らなかった。その取材はものすごく暑くて酷そうだったけれど、なかなかインパクトがあって気になるものだった。マルコは舗装道路を外れて数km荒れ地の中、車を進める。
2km×500m四方に
200以上の墓がある
そのうち現在公開されているのは12個
順路が整備されていました |
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基本的に1墓1家族で
子供のミイラも多数
髪の毛が結構リアルに残っている
整備された墓のミイラ・頭蓋骨は全て
太陽の方向に向けられている |
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この墓が作られたナスカ文化が栄えたのは紀元2〜8世紀頃。土器や織物目当ての盗掘者があとを絶たず、今でも周辺に白骨が散乱している場所は多いそう(TVで取材してた場所はもっと荒れてた)。そして強烈な直射と、寒暖の差の激しい乾ききった砂漠の気候による痛みを避けて、重要な出土品は全て博物館に移されたとのこと。こういうのを見るのが苦手なMちゃんは管理人小屋のそばで待っていると言い、私はハイテンションなマルコをまともに相手にしながら30分、炎天下の砂漠を墓を見て歩き回って、かなり疲れる。
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見よ!この蜃気楼と見間違う光景
そんな砂漠のど真ん中
あまり観光客多くないだろう場所なのに
しっかり土産物を並べて座るおじさんがいて
商売根性に脱帽 |
この辺りの砂と石で作ったという手作りでラブリーな小物
(こういうの好き!)
いくらか忘れましたがとにかく破格の値段
もっと買えばよかった〜 |
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「Mちゃんごめーん、お待たせ!」
同行してもらっておいてこんなところで待たせて悪かったかな、と思ったら彼女はずっと管理人のおじさんに『指差しスペイン語会話』片手にスペイン語を教えてもらっていたよう。それがまたとてもいいおじさんで楽しかったみたいでよかった!
9時、次はパレドネス遺跡かと思ったら、いちマルコはプレ・インカ時代の水路に連れて行ってくれた。本当は行く予定じゃなかったんだけど占めたもの。にしても朝9時にしてこの日差しと暑さはなんなのだ?それも晩秋なのに。
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砂漠にひかれた水路は
蒸発を避けて地下深くにめぐらされているので
渦巻きを降りてって汲む
冷たくってとってもきれいな水でした |
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ペルーという国は地震が多いので、水路は耐震性も兼ねそろえていて建築学的に見ても高度なんだそう。中学校で習った環太平洋地震帯に属してるんだなぁ、とこんなところで日本との共通点を感じたりする。なにはともあれ高度な灌漑技術を持っていたからこそ、カラカラのナスカで文化が起きたんだな、と感心もする。
時間がない!と急いで向かったパレドネス遺跡は丘の斜面にある。時間がないけれどマルコは丘の上まで相変わらずの勢いで駆け上がり
「ヘーイ、カモーン、ハリーアッププリーズ、カモ〜ン?」
と頂上からノー天気にヘトヘトな私に呼びかけるもんだから、だんだん頭にくる。大きな石がゴロゴロ、崩れそうなところもあったり危険な場所が多いのに、自分だけさっさと上がって「早く来い」にはMちゃんも腹が立ったみたいで
「車の乗り降りのエスコートなんかいらんのに」。
そしてあとで聞いた話、
「マルコね、“彼女は墓を歩き回ったから疲れてるんだ”
って頂上で言ってたよ」。(苦笑)
保存状態悪し
何だか全然わからないほどに崩れていて
ここは期待ハズレ |
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パン・アメリカン・ハイウェイは南米の輸送、移動ルート、幹線道路として大変重要な役目を果たしているが、一方でナスカ平原を突っ切り一部の地上絵を大胆に2分したことや、排気ガス・砂埃など生態系の変化により地上絵を消滅の危機にさらすことになった点では問題視もされてきた。1939年の地上絵が発見される以前から、すでにハイウェイ建設は進んでいたらしいが、完成した、もしくはこんなに快適に整備しなおされたのはつい最近なのだろうか。いちマルコは、ハイウェイを完成させたとフジモリ前大統領を絶賛し、支持していた。
「リマまで7時間で行けるなんて、考えられないことだったんだ!」
地上絵を2分しても、画期的に便利になり生活水準が向上した(?)ことは何にも代えられないみたい。そんなに変わったの?と思っていたら、パレドネス遺跡から降りて車に戻る凸凹だらけの砂利道を歩きながら
「これが以前の主要道路だったんだよ」
「え〜〜〜!?!」
普通車だと10km行くごとにホイール外れそうな、少しでも雨が降ろうものならすぐ通行止めになりそうな悪路。夜は絶対走れない。フジモリ前大統領に関しては、昨日もタクシーのドライバーたちが何人か、我々が日本人であることを知ると名を口にし、みんな「彼は素晴らしい男だ」と言っていた。
11時15分前、いよいよセスナ観光かと思えば空港までの途中、彼のサービス精神からか、さらに車を停めてなんだかわからないまま、先導されるまま丘に登らされる。暑い!しんどい!! こんなに急かして体力消耗させて、さっきのパレドネス遺跡みたいなのだったら怒るぜ、とノロノロついて行くが、先に登ったMちゃんが
「なんか渦巻いとるよ!!」
「???」
何年か前のTBS『世界遺産』によると
このマス目みたいなのは
はた織り機を表していて
渦は糸巻きだとか??
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この2つは直線もちょっぴり歪んでいたり、渦もいびつで小学生の落書きのように見えてしまうが、やはりやたら巨大ではある。いったい何?? この国は旅をすればするほど、疑問と謎が増えそうである。
いちマルコはちゃんと11時にセスナフライトの空港まで送ってくれたが、4時間彼のペースで連れまわされ相当くたびれてしまった。説明してくれる内容は悪くないが、耳元で大声なのにも参ったし(こちらが1歩ひけば1歩近づきやがるんだな。私はあんな大声で2時間も喋ろうものなら声が枯れる)、我々が若いから気を遣わなかったとも思えない感じ。年配のお客さんなら怒り出すかもしれない、プライベートツアーガイドとしてはまだまだ未熟な彼でした。ペルーのガイドは皆こんな感じ、じゃないよねえ?
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